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予測市場とは何か? メカニズム、影響、そして機会

· 約11分
Dora Noda
Software Engineer

予測市場(研究やエンタープライズの文脈で好まれる用語)とベッティング市場(一般消費者向けの呼称)は、同じコインの裏表です。どちらも参加者が将来の出来事の結果に基づいて最終価値が決まる契約を取引できます。米国の規制枠組みでは、これらは広く イベント契約 と呼ばれます――インフレレポート、嵐の強さ、選挙結果など、特定の観測可能な出来事や数値にペイオフが結びついた金融デリバティブです。

最も一般的な形式は バイナリ契約 です。この構造では、イベントが起きた場合に “Yes” シェアが $1 に決済され、起きなければ $0 になります。この “Yes” シェアの市場価格は、参加者全体が推定したイベント発生確率と解釈できます。たとえば、“Yes” シェアが $0.63 で取引されていれば、市場は約 63% の確率でイベントが起きるとシグナルを送っていることになります。

契約の種類

  • バイナリ: 単一の結果に対する Yes/No のシンプルな質問。例: “2025年12月の米国労働統計局(BLS)コア CPI YoY が 3.0% 以上になるか?”
  • カテゴリカル: 複数の排他的な結果があり、唯一の勝者が決まる市場。例: “ニューヨーク市長選挙の勝者は誰か?”(各候補者が選択肢)
  • スカラー: 結果が連続スペクトラム上にあり、支払いがレンジに分割されたり線形式で決まったりする市場。例: “2026年に米連邦準備制度が何回金利カットを発表するか?”

価格の読み取り方

バイナリ契約の “Yes” シェア(支払額 $1)が価格 pp で取引されている場合、暗黙の確率はおおよそ pp、オッズは p/(1p)p / (1-p) となります。カテゴリカル市場では、全シェアの価格の合計は概ね $1 に近づくはずです(乖離は手数料や流動性スプレッドが原因になることが多いです)。

なぜこれらの市場が重要なのか?

単なる投機を超えて、適切に設計された予測市場は以下のような価値ある機能を提供します。

  • 情報集約: 市場は分散した膨大な知識を単一のリアルタイム価格シグナルに統合できます。研究では、質問が明確で市場流動性が十分な場合、シンプルなベンチマークや従来の世論調査を上回ることが示されています。
  • 業務価値: 企業は内部予測市場を活用して製品発売日や需要予測、四半期目標(OKR)達成リスクを予測しています。学術文献は、これらの強みと同時に「ハウス」市場に見られる楽観バイアスなどの行動的偏りも指摘しています。
  • 公共予測: アイオワ・エレクトロニック・マーケット(IEM)や非市場型予測プラットフォーム Good Judgment など、長年続くプログラムは、質問設計と適切なインセンティブがあれば意思決定支援に有用なデータを生成できることを実証しています。

市場設計:3 つのコアメカニズム

予測市場のエンジンは複数の実装方法があり、それぞれ特徴があります。

1) 中央限度注文簿(CLOB)

  • 仕組み: トレーダーが特定価格で「リミット」注文を出す従来型の取引所モデル。エンジンが買い注文と売り注文をマッチングし、市場価格とオーダーブックの深さを可視化します。初期のオンチェーンシステムである Augur がこの方式を採用していました。
  • メリット: 経験豊富なトレーダーにとって馴染みのある価格発見。
  • デメリット: 専任のマーケットメーカーがいなければ流動性が薄くなりがち。

2) LMSR(対数市場スコアリングルール)

  • 概念: 経済学者ロビン・ハンソンが提案したコスト関数ベースの自動マーケットメーカー。パラメータ bb が市場の深さ(流動性)を制御します。価格はコスト関数の勾配から導出されます:C(q)=blnieqi/bC(\mathbf{q}) = b \ln \sum_i e^{q_i/b}
  • 採用理由: 優れた数学的性質、マーケットメーカーの損失上限、結果が多数ある市場でもスムーズに機能。
  • デメリット: 計算コストが高く、オンチェーン実装はガス消費が大きくなる傾向。

3) FPMM/CPMM(固定/定数積 AMM)

  • 概念: DEX の定数積式(x×y=kx \times y = k)を予測市場に応用。各結果を表すトークン(例: YES トークン、NO トークン)をプールに入れ、AMM が連続的に価格を提示します。
  • 採用例: Gnosis の Omen プラットフォームが条件トークンで FPMM を採用。実装が比較的ガス効率が良く、開発者にとって統合が容易です。

事例と米国の現状(2025年8月スナップショット)

  • Kalshi(米国 DCM): 連邦規制下の取引所(Designated Contract Market)で、さまざまなイベント契約を上場。2024 年の裁判所判決と 2025 年の CFTC の控訴放棄により、特定の政治系やその他のイベント契約を上場可能に。ただし、政策議論や州レベルの課題は残存。
  • QCX LLC(Polymarket US): 2025 年 7 月 9 日に CFTC が QCX LLC を DCM に指定。会社は「Polymarket US」という名称で運営予定。米国ユーザーが規制された形でイベント契約にアクセスできる道を提供。
  • Polymarket(グローバル、オンチェーン): Gnosis Conditional Token Framework(CTF)を利用し、バイナリ結果トークン(ERC‑1155)を生成。2022 年の CFTC 和解以降米国ユーザーはブロックされていたが、QCX 経由で規制対応を進め中。
  • Omen(Gnosis/CTF): 完全オンチェーンの予測市場プラットフォーム。FPMM と条件トークンを使用し、コミュニティガバナンスと Kleros などの分散仲裁サービスで決済。
  • Iowa Electronic Markets(IEM): 大学運営の小額ステーク市場。学術研究や教育目的で利用され、市場精度のベンチマークとして価値が高い。
  • Manifold: 「プレイマネー」型のソーシャル予測市場。質問設計の実験、ユーザー体験パターンの観察、コミュニティエンゲージメントの促進に最適。

規制に関する注意: 状況は流動的です。2024 年 5 月、CFTC は選挙・スポーツ・賞に関する特定のイベント契約を CFTC 登録取引所での上場を禁止する提案規則を公表。これが Kalshi 訴訟やその後の規制動向と交錯しています。ビルダーやユーザーは常に最新の規則を確認してください。

裏側:質問から決済までのフロー

予測市場を構築する際の主要ステップは以下の通りです。

  1. 質問設計: 良い市場の土台は明確で検証可能な質問です。解決日時、時間、データソースを曖昧さなく指定します。例: “米国労働統計局が 2025 年 12 月のコア CPI を 3.0% 以上と報告するか?” 複合質問や主観的結果は避けます。

  2. 決済方法: 真実はどのように確定するか?

    • 集中型リゾルバー: プラットフォーム運営者が事前に定めたソースに基づき結果を宣言。高速だが信頼が必要。
    • オンチェーンオラクル/争議: 分散型オラクルが結果を決定し、争議プロセス(コミュニティ仲裁やトークン保有者投票)をバックストップに設定。中立性が担保されます。
  3. メカニズム: どのエンジンで市場を動かすか?

    • オーダーブック: 専任のマーケットメーカーがいる場合に最適。
    • AMM(FPMM/CPMM): 常時流動性が必要で、オンチェーン統合がシンプル。
    • LMSR: 多結果市場に強いが、ガス・計算コスト管理が必須(オフチェーン計算や L2 の活用が一般的)。
  4. 担保・トークン: オンチェーン設計では Gnosis Conditional Token Framework が主流。各結果(例: YES、NO)を ERC‑1155 資産としてトークン化し、決済・ポートフォリオ管理・他 DeFi プロトコルとのコンポーザビリティが容易になります。

これらの市場は本当にどれくらい正確か?

多数のドメインでの実証研究は、マーケットが生成する予測は概ね高精度で、しばしば中程度のベンチマークを上回ることを示しています。企業内部の予測市場も価値を創出しますが、ハウス固有のバイアスが出ることもあります。

また、金融市場を伴わない予測プラットフォーム(例: Metaculus)も、インセンティブと集約手法が適切であれば非常に高い精度を示します。長期的な質問や解決が難しいテーマに対しては、マーケットの兄弟的存在として有用です。

リスクと失敗モード

  • 決済リスク: 曖昧な質問文、データソースの予期せぬ改訂、結果争議などで結果が不確定になる。
  • 流動性・操作リスク: 取引が薄い市場は大口取引で価格が簡単に動かされやすい。
  • 過大解釈: 価格は確率を示すものであり、確実性ではない。手数料、スプレッド、流動性深さを考慮した上で結論を導くこと。
  • コンプライアンスリスク: 米国では CFTC 登録取引所のみが米国居住者にイベント契約を提供可能。未登録プラットフォームは執行措置の対象になることがある。常に現地法規を確認してください。

ビルダー向け実践チェックリスト

  1. 質問から始める: 単一かつ反証可能な主張に限定。誰が、何を、いつ、どのソースで決定するかを明示。
  2. メカニズム選択: オーダーブック(マーケットメーカーがいる場合)、FPMM/CPMM(常時流動性)、LMSR(多結果市場、計算コストに注意)。
  3. 決済定義: 高速な集中型リゾルバーか、中立的なオンチェーンオラクル+争議プロセスかを決める。
  4. 流動性ブートストラップ: 初期流動性をシードし、インセンティブや手数料リベート、ターゲットマーケットメーカーとの提携を検討。
  5. UX 設計: 暗黙の確率を明示、スプレッド・流動性深さを表示、低流動性市場への警告を実装。
  6. ガバナンス計画: 異議申し立て期間、争議保証金、緊急時のデータ修正手順を定義。
  7. 統合の簡素化: オンチェーン構築なら Gnosis Conditional Tokens + FPMM が実績あり。オフチェーンアプリは規制対象の API(例: CFTC 登録取引所)を利用。
  8. コンプライアンス遵守: CFTC のイベント契約に関する規則改正や州レベルの規制を常にモニタリング。

用語集

  • イベント契約(米国用語): 指定された出来事の結果にペイオフが連動するデリバティブ。多くはバイナリ(Yes/No)形式。
  • LMSR: 対数市場スコアリングルール。損失上限が保証された AMM の一種。
  • FPMM/CPMM: 固定/定数積型マーケットメーカー。DEX の定数積式を予測市場に応用。
  • 条件トークン(CTF): Gnosis が開発したフレームワーク。ERC‑1155 トークンで結果ポジションを表現し、相互運用性の高い決済を実現。

責任ある利用と免責事項

本稿の内容は法的、税務的、投資的助言を構成するものではありません。多くの法域でイベント契約は厳格に規制され、ギャンブルとみなされる可能性があります。米国においては CFTC 規則と州ごとの立場を必ず確認し、必要に応じて登録された取引所を利用してください。

参考文献(抜粋)