ブロックチェーンにおける有向非巡回グラフ(DAG)
DAGとは?ブロックチェーンとの違い
**有向非巡回グラフ(Directed Acyclic Graph, DAG)**は、サイクルを形成しない有向エッジでノードを結んだデータ構造です。分散型台帳の文脈では、DAGベースの台帳はトランザクションやイベントを単一の直線的なチェーンではなく、網目状のグラフとして整理します。つまり、各ブロックが1つの前ブロックのみを参照する(直線的なチェーンを形成する)従来型のブロックチェーンと異なり、DAGでは1つのノードが複数の過去トランザクションやブロックを参照できます。その結果、トランザクションは時間順のブロックに一つずつ詰め込まれるのではなく、並列で承認できるようになります。
ブロックチェーンが多数のトランザクションを含むブロックの鎖に見えるとすれば、DAG型台帳は個々のトランザクションが枝分かれした樹や網のように見えます。DAGでは新しいトランザクションが1つ以上の既存トランザクションに接続(承認)できるため、次のブロックにまとめられるのを待つ必要がありません。この構造的な違いが、次のような要点につながります。
- 並列検証: ブロックチェーンではマイナーやバリデーターが1ブロックずつ追加するため、トランザクションは新しいブロックごとにバッチで承認されます。DAGでは複数のトランザクション(あるいは小さな“ブロック”)を同時に追加でき、各トランザクションがグラフの別の部分に接続できます。この並列化によって、ネットワークは一本の長いチェーンが伸びるのを待つ必要がなくなります。
- 全体順序がない: ブロックチェーンはすべてのトランザクションに一意の順番を与えます(各ブロックが直線的なシーケンスに位置づけられる)。対してDAG台帳はトランザクションの部分順序を形成します。“最新のブロック”が存在せず、グラフの先端(tip)が複数同時に存在し拡張されます。最終的にDAG内のトランザクションの順番や正当性を決めるためにコンセンサスプロトコルが必要になります。
- トランザクションの確定: ブロックチェーンではトランザクションがマイニング(あるいはバリデーション)されたブロックに取り込まれ、そのブロックがチェーンに受け入れられ(さらに追加のブロックが重なる)ことで確定します。DAGシステムでは、新しいトランザクション自身が過去トランザクションを参照することで承認に貢献します。例えばIOTAのTangle(DAG)では各トランザクションが過去2つのトランザクションを承認する必要があり、ユーザー同士が相互に検証する形になります。これにより、ブロックチェーン のマイニングに存在する「トランザクション送信者」と「検証者」の明確な区別がなくなり、トランザクションを発行する参加者が少しずつ検証作業も担います。
重要なのは、ブロックチェーンはDAGの特殊ケースであるという点です。つまりブロックチェーンは、単一チェーンに制約されたDAGと捉えることができます。どちらも分散型台帳技術(DLT)の一種であり、不変性や分散化などの目標を共有します。ただしDAG型台帳は構造的に「ブロックレス」あるいはマルチペアレントであり、実用上の性質が異なります。ビットコインやイーサリアムのような伝統的ブロックチェーンは直列に並ぶブロックを採用し、競合するブロック(フォーク)は破棄するのが普通です。一方DAG台帳は、矛盾しない限り、すべてのトランザクションを取り込んで整理しようとします。この根本的な違いが、後述する性能や設計上の差異を生みます。
技術的比較:DAG vs ブロックチェーン
DAGとブロックチェーンの違いをより理解するために、アーキテクチャと検証プロセスを比較してみましょう。
- データ構造: ブロックチェーンはトランザクションをまとめたブロックを線形に連結し、各ブロックがただ1つの直前ブロックを指します。DAG台帳はグラフ構造を採用し、各ノードがトランザク ションやイベントブロックを表し、複数の前ノードにリンクできます。この有向グラフは巡回しないため、リンクを「過去」に辿っても元のトランザクションに戻ってくることはありません。この性質が、参照先の後に必ず参照元が現れるようなトポロジカルソートを可能にします。要するに、ブロックチェーンは一次元の鎖、DAGは多次元のグラフです。
- スループットと並行性: この構造差により、スループットも異なります。ブロックチェーンは理想的な条件下でも1ブロックずつ追加します(しばしば各ブロックがネットワーク全体に検証・伝播されるのを待つ必要があります)。この制約が取引スループットに限界を与えます。例えばビットコインは平均5~7 TPS、クラシックPoWのイーサリアムは15~30 TPS程度です。DAGでは多くの新しいトランザクションやブロックを同時にレジャーへ追加できます。複数の枝が同時に成長し後で合流できるため、潜在的なスループットは劇的に高まります。最新のDAGネットワークでは数千TPSを謳い、従来の決済ネットワークに匹敵または上回る性能を示すものもあります。
- トランザクション検証プロセス: ブロックチェーンではトランザクションがメモリプールで待機し、マイナー/バリデーターが新ブロックにまとめた後、他のノードがチェーン履歴に照らして検証します。DAGでは検証がより継続的かつ分散的に進みます。新しいトランザクションが過去トランザクションを参照(承認)する検証アクションを担うためです。例えばIOTAのTangleでは、各トランザクションが有効性をチェックした上で小さなPoWを実行し、2つの先行トランザクションを承認します。Nanoのブロックラティス(DAG)では、各アカウントのトランザクションが独自チェーンを形成し、代表ノードによる投票で検証されます。結果的にDAGは検証作業を分散させ、単一のブロックプロデューサーがまとめて検証するのではなく、多数の参加者が並列に検証する構図になります。
- コンセンサス機構: ブロックチェーンもDAGも、台帳の状態(どのトランザクションが確定し、どの順番か)をネットワーク全体で合意する必要があります。ブロックチェーンではPoWやPoSにより次のブロックを生成し、「最長(あるいは最重)チェーンが勝つ」というルールが一般的です。DAGでは単一チェーンがないため、コンセンサスはより複雑になる傾向があります。ゴシップとバーチャル投票(Hedera Hashgraphなど)や、マルコフ連鎖モンテカルロによるティップ選択(IOTA初期)など、プロジェクトごとにアプローチが異なります。後ほど具体的な方式を紹介します。全般的に、DAGでネットワーク全体の合意を得る方がスループット面では高速になり得ますが、同時並行するトランザクション間のコンフリクト(ダブルスペンドなど)処理が難しくなるため、慎重な設計が不可欠です。
- フォーク処理: ブロックチェーンでは、ほぼ同時に2つのブロックが生成される「フォーク」が起こると、最終的に一方が勝者チェーンとして残り、もう片方は孤立ブロックとして破棄されます。この際の計算資源は無駄になります。DAGではフォークを追加の枝として受け入れる設計思想です。どちらの分岐もグラフに取り込み、コンセンサスアルゴリズムが最終的にどのトランザクションを確定させるか(競合はどう解決するか)を決めます。これにより、孤立ブロックに費やされた計算が無駄にならず、効率的です。例えばConfluxのTree-Graph(PoW型DAG)は、生成されたブロックを捨てずに全て台帳へ取り込み順序付けします。
まとめると、ブロックチェーンはシンプルで厳密に順序付けされた構造を提供し、検証はブロック単位で進みます。一方、DAGは複雑なグラフ構造によって非同期かつ並列にトランザクションを処理できるようにします。DAGベースの台帳はこの複雑さを管理するため追加のコンセンサスロジックが必要ですが、ネットワーク全体の能力を余すことなく活用できるため、スループットと効率の大幅向上が期待できます。
DAGベースのブロックチェーンシステムの利点
DAGアーキテクチャは、従来型ブロックチェーンが抱えるスケーラビリティ・速度・コストの制約を克服するために導入されました。主な利点は次の通りです。
- 高いスケーラビリティとスループット: DAGネットワークは多数のトランザクションを並列処理できるため、高い取引処理性能を発揮します。単一チェーンのボトルネックがないため、TPS(秒間トランザクション数)はネットワーク活動に比例して伸びやすくなります。Hedera Hashgraphはベースレイヤーで1万TPS以上に対応できるとされ、ビットコインやイーサリアムを大幅に上回ります。実際にHederaは約3〜5秒でトランザクションを確定でき、PoWブロックチェーンの数分に比べて圧倒的に速いです。FantomのようなDAG型スマートコントラクトプラットフォームでも、通常負荷で1〜2秒程度の即時性に近いファイナリティを実現しています。こうしたスケーラビリティは、IoTマイクロペイメントやリアルタイムデータ処理など、高トラフィック用途に適しています。
- 低コスト(無料もしくは極小手数料): 多くのDAG台帳は手数料がごくわずか、場合によっては完全無料です。一般的にマイナーによるブロック報酬や手数料に頼らない設計であり、IOTAやNanoでは必須手数料がありません。これはIoTのマイクロペイメントや日常利用に不可欠です。手数料が存在する場合(例:HederaやFantom)でも、ネットワークが高負荷でもブロックスペースの入札競争が起こりにくいため、非常に低く予測可能です。Hederaの送金手数料は約0.0001ドル(1万分の1ドル)とされ、従来チェーンの手数料と比べると桁違いに安いです。フォークによる無駄が少ないことも、間接的に低コスト維持に寄与します。
- 高速確定と低レイテンシ: DAGではトランザクションがグローバルなブロックに含まれるのを待つ必要がないため、確定が早くなります。多くのDAGは迅速なファイナリティを実現します。Hedera HashgraphはABFTコンセンサス により数秒で100%確定します。Nanoでは代表ノードによる軽量投票のおかげで1秒未満で確定することが多いです。低レイテンシはユーザー体験を大きく向上させ、現実世界の支払いにも適しています。
- エネルギー効率: 多くのDAGネットワークはPoWマイニングのような計算集約型のプロセスを必要としないため、非常に低い電力で運用できます。PoSチェーンと比べても消費電力が少ないケースがあります。Hederaのトランザクション1件あたりの消費電力は約0.0001 kWhとされ、ビットコイン(1件あたり数百kWh)や多くのPoSチェーンより桁違いに少ないです。計算の無駄がなく、トランザクションが破棄されないことが効率化の要因です。DAGが広く採用されれば、大幅なエネルギー削減につながる可能性があります。Hederaのようにカーボンネガティブを宣言するプロジェクトもあり、持続可能なWeb3インフラとして注目されています。
- マイニング不要と検証の民主化: 多くのDAGでは一般ユーザーでも検証プロセスに参加できます。IOTAではトランザクションを発行するユーザーが他の2件を承認するため、検証作業がネットワークの末端まで分散します。高価なマイニング装置や大規模ステーキングが不要で、参加障壁が低いと言えます(ただしネットワークによってはバリデーターやコーディネーターを採用している場合もあります)。
- 高トラフィックへの対応力: ブロックチェーンでは高負荷時にメモリプールが溢れ、手数料が急騰します。DAGネットワークは並列性により、大量のトランザクションが流入しても複数の枝を広げて同 時処理できるため、高負荷時もスムーズです。ハードキャップが緩く、横方向のスケールが可能です。そのためIoTデバイスの一斉通信やバイラルなDAppイベントなどでも遅延や手数料上昇が抑えられます。
要するに、DAG台帳は従来ブロックチェーンが苦手としてきた高速・低コスト・高スケールなトランザクション処理を実現します。ただし、その裏には特有のトレードオフや課題も存在し、後ほど詳しく触れます。
DAG型プラットフォームのコンセンサスメカニズム
DAG台帳は単一のブロックチェーンを自然に生成しないため、トランザクションを検証し、ネットワーク全体の合意を得るための新しいコンセンサス機構が求められます。以下に代表的なアプローチを紹介します。
- IOTA Tangle:ティップ選択と加重投票: IOTAのTangleはIoT向けに設計されたトランザクションのDAGです。マイナーが存在せず、各トランザクションが小さなPoWを実行して過去2つのトランザクションを承認します。ティップ(未承認トランザクション)の選択にはマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)が採用され、最も重いサブタングルを優先して断片化を防ぎます。初期のIOTAでは、後続トランザクションからの累積的な承認によって確率的に確定していました。ただし、ネットワーク初期のセキュリティを確保するため、IOTA財団が運営する中央集権的なCoordinatorがマイルストーントランザクションを発行しファイナリティを担保していました。批判を受けたこの仕組みは「Coordicide」(IOTA 2.0)で廃止予定です。IOTA 2.0ではリーダーレスなナカモト型コンセンサスをDAG上で実現し、ノードがDAG上で投票を行います。ノードが新たなブロックを接続すると、そのブロックは参照するトランザクションの有効性に暗黙の投票を行います。ステーキングで選出されたバリデータ委員会がvalidation blockを発行し、十分な加重承認(approval weight)を得たトランザクションが確定します。つまりIOTAはティップ選択+Coordinatorから、DAG分岐に対する完全分散型投票へと進化し、安全性と迅速な合意形成を目指しています。
- Hedera Hashgraph:ゴシップとバーチャル投票(aBFT): Hedera HashgraphはイベントのDAGと非同期ビザンチン耐性(aBFT)コンセンサスを組み合わせています。中核となるアイデアは“gossip about gossip”です。各ノードがトランザクション情報だけでなく、自身のゴシップ履歴を署名付きで他ノードに広めます。これにより、誰がどの情報をいつ受け取ったかを含むハッシュグラフ(イベントのDAG)が形成されます。このグラフを基にHederaはバーチャル投票を実施します。トランザクション順序を決めるための実際の投票メッセージを送信する代わりに、ノードはハッシュグラフの構造を解析して仮想的な投票をローカルでシミュレーションします。これによりコンセンサスタイムスタンプと完全なトランザクション順序が得られ、公正かつ確定的(受信時間の中央値で順序付け)な結果が保証されます。Hashgraphのコンセンサスはリーダーレスで、1/3までの悪意あるノードを許容するaBFTを実現します。実際にはHederaは39社の評議会ノードが運営する許可型ネットワークですが、地理的には分散しています。秒単位で最終確定する高速・高安全なコンセンサスが特徴です。アルゴリズムは特許化されていましたが2024年にオープンソース化され、DAG+革新的コンセンサス(ゴシップとバーチャル投票)の可能性を示しています。
- Fantom Lachesis:リーダーレスPoS aBFT: FantomはDAGベースのコンセンサスLachesisを採用したスマートコントラクトプラットフォームです。Hashgraphに着想を得たaBFT PoSプロトコルで、各バリデーターが受信したトランザクションをイベントブロックとしてまとめ、自身のローカルDAGに追加します。イベントブロックは過去イベントへの参照を含み、非同期にゴシップされます。バリデーターは、スーパー多数のノードが認識したイベントをマイルストーン(root event)として識別し、最終的にOpera Chain(線形なブロックチェーン)へコミットします。つまりDAGで高速非同期コンセンサスを実現し、最終結果を互換性の高い線形チェーンに変換する仕組みです。Fantomのトランザクションは1~2秒程度でファイナリティを得られ、ベンチマークでは数千TPSも可能とされます。Lachesisにはマイナーやリーダーが存在せず、全バリデーターがイベントブロックを生成しプロトコルが決 定的に順序付けます。PoSによって安全性が担保され、aBFT特性により1/3のノード障害に耐えます。開発者にとってはEVM互換の通常のチェーンとして扱えるため、内部的にDAGを使いながら複雑さを隠蔽した好例です。
- NanoのOpen Representative Voting(ORV): Nanoはブロックラティスと呼ばれるDAG構造を用いた決済特化の暗号資産です。各アカウントに固有のブロックチェーン(アカウントチェーン)が存在し、所有者だけが更新できます。これらの個別チェーンがDAGを形成し、アカウント間の送金は非同期的にリンクされます(送金側の送信ブロックと受信側の受信ブロック)。コンセンサスはOpen Representative Voting(ORV)で達成され、ユーザーが残高重みを代表ノードに委任し、代表がトランザクションの有効性に投票します。各トランザクションは個別に処理され(複数Txをまとめたブロックは存在しない)、投票重みの過半数(例:67%以上)が賛成すると確定します。正直なアカウント所有者は二重支出しないため、フォークは稀で悪意の試みに限られます。代表が迅速に否決できるため、1秒未満でファイナリティを得られることが多いです。ORVはPoSに似ており、投票重みが残高に比例しますが、ステーキング報酬や手数料がありません。マイニングもブロック生成も不要で、Nanoは無料かつ効率的に動作します。ただし代表ノードのオンライン状態に依存し、大きな投票重みが特定ノードに集中する傾向があり、ある種の中央集権リスクは存在します(ユーザーが代表を変更できるため、最終的な統制はコミュニティ側にあるとされています)。
- その他のアプローチ: ここまでに挙げた以外にもDAGベースのコンセンサスが存在します。
- Avalancheコンセンサス(Avalanche/X-Chain): AvalancheはDAGを活用したコンセンサスで、バリデーターがランダムに相互サンプリングを繰り返し、優先するトランザクション/ブロックを決めます。AvalancheのX-Chain(交換チェーン)はUTXOのDAGで、このサンプリングによって合意に達します。確率的ながら非常に高速かつスケーラブルで、トランザクションは約1秒で確定し、サブネットあたり4,500 TPSまで対応可能とされています。Snowballプロトコルと呼ばれるメタスタブルコンセンサスとDAG構造を組み合わせた独自の仕組みで、十分なステークがあれば誰でもバリデーターになれます。
- Conflux Tree-Graph: ConfluxはビットコインのPoWをDAGブロックに拡張したプラットフォームです。ブロックが単一の親だけでなく既知のすべての過去ブロックを参照するTree-Graph構造を採用し、孤立ブロックを排除します。これによりPoWを利用しながらも、フォークを全て台帳に取り込み高いスループットを実現します。理論上は3,000~6,000 TPSに達するとされ、マイナーがチェーンの成長を待たず継続的にブロックを生成できます。ヘビエストサブツリー規則で順序付けと競合解決を行うPoW型DAGの代表例です。
- 学術系プロトコル: SPECTREやPHANTOM(DAGlabsによる高速確定志向のblockDAG)、Aleph Zero(Aleph Zeroチェーンで使われるDAG aBFT)、Parallel Chains / Prism(並列サブチェーンとDAGでトランザクション確 定を分担)、SuiのNarwhal & Bullshark(高スループットのDAGメモリプール+独立した最終合意)など、研究段階や実装初期のDAGプロトコルも多数存在します。可用性と整合性を分離する設計が多く見られ、高速書き込みと一貫性の両立を狙っています。
このようにDAGプラットフォームは用途に合わせてコンセンサス設計を最適化しています。共通するテーマは、単一のシリアルボトルネックを避けることです。ゴシップ、投票、サンプリングなどの巧妙なアルゴリズムで並列活動を整序し、ネットワークを「一列のブロック生産者」に縛らない工夫がなされています。
ケーススタディ:主要なDAG型プロジェクト
DAG型台帳を実装したプロジェクトは数多くあり、それぞれ設計思想や用途が異なります。代表的な例を見てみましょう。
- IOTA(The Tangle): IOTAはIoT向けに設計された初期のDAG型暗号通貨の1つです。台帳であるTangleは各トランザクションが2件の過去トランザクションを承認するDAGで、手数料ゼロのマイクロペイメントをIoTデバイス間で可能にします。2016年にローンチされ、初期は攻撃防止のためIOTA財団がCoordinatorノードを運営していました。現在は投票型コンセンサスを導入し、完全分散化(Coordicide)を目指しています。理 論上はトランザクションが多いほど速く確定する性質があり、テストネットでは数百TPSを確認済み。IOTA 2.0ではIoT需要に応じてスケールする見込みです。ユースケースはIoTとデータの完全性が中心で、センサーのデータストリーミング、車車間決済、サプライチェーン追跡、DID(IOTA Identity)などがあります。基盤レイヤーではスマートコントラクトを持たず、別レイヤーで対応する構造です。送信者が小さなPoWを行うことでトランザクションを無料化しているため、高頻度・低額の送受信に向いています。
- Hedera Hashgraph(HBAR): HederaはHashgraphコンセンサス(Leemon Baird博士が発明)を採用したパブリックDLTです。2018年に開始され、GoogleやIBM、Boeingなど大企業からなる評議会がノードを運営します。ガバナンスは許可制で、現在は最大39ノードがコンセンサスを担当しますが、誰でもネットワークを利用可能です。HashgraphのDAGにより、最適条件で1万TPS超・3〜5秒のファイナリティを達成します。トークンサービス(HTS)、イベントログのためのコンセンサスサービス、EVM互換のスマートコントラクトなど、企業やWeb3ユースケースにフォーカスしています。Avery Dennisonによるサプライチェーン証跡、手数料の安さを活かしたNFT大量発行、広告テックでのマイクロペイメント、DIDソリューションなどが稼働中です。Hashgraphはフォークが発生せず、公平な順序決定を数学的に保証する点も特徴です。ノード数は限定されているものの、地理的分散と将来的なオープン化が計画されています。
- Fantom(FTM): FantomはDAGコンセンサスLachesisを採用したレイヤー1スマートコントラクトプラットフォームです。2019年にローンチし、2021~2022年のDeFiブームでイーサリアム互換ながら高速・低コストである点が注目されました。OperaネットワークがLachesis aBFTを実行し、バリデーターがローカルDAGでイベントブロックを保持して合意に達し、最終的に線形チェーンへ確定させます。その結果、約1秒のファイナリティと数千TPS規模のスループットが可能です。FantomはEVM互換で、Solidityのスマートコントラクトや既存ツールをそのまま使えるため、DeFiプロジェクトの移植が進みました。DEX、レンディング、イールドファーミングなど多数のDAppに利用されており、NFTやゲームも展開されています。DAGプラットフォームとしては珍しく、数十の独立したバリデーターがネットワークを保護しており、許可不要で誰でもステーキング可能です。FTMトークンはステーキング、ガバナンス、手数料に使われ、取引コストは数セント以下とされています。
- Nano(XNO): Nanoは2015年にRaiBlocksとして登場した軽量暗号通貨で、ブロックラティス構造のDAGを採用しています。主眼は即時・無料のP2Pデジタルキャッシュです。各アカウントが専用チェーンを持ち、送信者が自分のチェーンで送金ブロック、受信者が自分のチェーンで受信ブロックを発行します。非同期設計によりトランザクションを独立かつ並列に処理できます。Open Representative Voting(ORV)により、ユーザーが代表ノードを指名し、その投票で競合トランザクションを解決します。フォークは主に悪意の二重支出試行に限られ、 代表が迅速に却下します。通常、1秒未満で確定します。マイニングや手数料がないため、代表ノードの運用はボランティアベースですが、取引サイズが小さく処理も軽量なので負担は小さく済みます。NanoはIoTやモバイルでも扱いやすい低消費電力で、主な用途は決済、オンラインチップ、海外送金などです。スマートコントラクトは備えていませんが、「支払いに特化して一つのことを突き詰める」設計になっています。
- Hedera vs IOTA vs Fantom vs Nano の比較表:
| プロジェクト(年) | データ構造 & コンセンサス | 性能(スループット & ファイナリティ) | 主な特徴・ユースケース |
|---|---|---|---|
| IOTA (2016) | トランザクションDAG(Tangle)。各Txが2件を承認。初期はCoordinatorで保護、リーダーレス合意へ移行中(最重DAG投票、マイナー不要)。 | 活動量に応じて理論上高TPS。アクティブなネットワークで約10秒確定(負荷が高いほど高速化)。ファイナリティ改善を継続研究中。手数料はゼロ。 | IoTマイクロペイメントとデータ整合性、サプライチェーン、センサー、車載、DID(IOTA Identity)。ベースレイヤーにスマートコントラクトはなく、別レイヤーで対応。 |
| Hedera Hashgraph (2018) | イベントDAG(Hashgraph)。gossip-about-gossip+バーチャル投票(aBFT)。約29~39の評議会ノード(PoS重み)。マイナーなし。タイムスタンプで順序付け。 | 最大約10,000 TPS。トランザクションのファイナリティ3~5秒。トランザクションあたり消費電力約0.0001 kWh。固定手数料約0.0001ドル。 | エンタープライズ&Web3アプリ:トークン化(HTS)、NFTとコンテンツ配信、決済、サプライチェーン追跡、ヘルスケアデータ、ゲーム等。大企業によるガバナンス。EVM互換。 |
| Fantom (FTM) (2019) | バリデータのイベントブロックDAG。Lachesis aBFT PoS(リーダーレス)。各バリデータがDAGを構築し、最終的に線形チェーン(Opera Chain)へ。 | 実運用で数百TPS(DeFi利用時)。ファイナリティ約1~2秒。ベンチマークでは数千TPS。手数料は数セント未満。 | 高速L1のDeFi & スマートコントラクト。EVM互換でSolidity DAppをそのまま利用。DEX、レンディング、NFTマーケットなどに最適。誰でもステーキング可能で分散バリデータ。 |
| Nano (XNO) (2015) | アカウントチェーンのDAG(ブロックラティス)。各Txが独立ブロック。Open Representative Voting(コンフリクト解決のdPoS型投票)。マイニング・手数料なし。 | ネットワークI/O次第で数百TPS。通常1秒未満で確定。手数料は完全無料。極めて低いリソース消費(IoT/モバイル向け)。 | 即時決済向けデジタル通貨。マイクロペイメント、チップ、リテール決済に最適。スマートコントラクトは非対応。非常に省電力。コミュニティ運営の代表ノード。 |
(表:主要なDAG型台帳プロジェクトの比較。TPS=Transactions Per Second)